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歌と朗読と言葉をつむぐ*まほろカンパニー

朗読の妖精

ほろほろ日和Horohoro-biyori

宿題のない夏休み〜小笠原体験記その2〜

島に降り立ち、行き当たりばったりでたどり着いたのは、自炊式の民宿だった。
陸に降り立っても、まだ船が揺れているように、地面が揺れて感じられる。
部屋で、しばらく寝込んだ。
当然、誰も訪ねてこない。
急に、どうしようもない孤独感に襲われた。
何やっているんだろう私。

みんな捨てて来ました。ひとりなんです。
 どなたかお友達になってください


そう叫びたいくらい、心細くて、情けない気持ちになっていた。
東京から逃げ出したのに、いざひとりになると何もできない。

島に一件しかないスーパーにフラフラとでかけ、夜の食材を物色した。

新聞も雑貨も食料も一週間に一度だけ、小笠原丸で運ばれてくる。
新聞は、一週間分、まとめて販売。
スーパーの菓子パンや生鮮品は、船が入港した日、みんな凍っている。
新鮮な驚きだった。

仕事もテレビもラジオもない生活。
当然、携帯電話もパソコンもない時代だ。
しなければならないことはなにもなかった。

聴こえて来るのは風と波の音だけ…
ウトウトと時が流れて行く。
目が覚めれば起き、お腹が空けば自分で調理して食べ、日が沈めば眠る。
それだけの生活。

民宿を出ると目の前に浜が広がる。珊瑚の浜。
打ち寄せる波に洗われて、珊瑚が透き通るような音をたてていた。
浜で知り合った女の子の泊まっているペンションに移り、そこでもただひたすら、
ボンヤリと時を過ごした。

いつまでの滞在ですか?
同室になった女の子が笑顔で尋ねる。

別に…決めてません

そうですか。この島はそういう人が多いんですよ

彼女も、一人旅だった。

気が付くと、知り合う人たちはほとんど一人でこの島まで来ている。
友人が増え、夜通しとりとめもないことを語り合った。

毎日どこかの浜辺に出向いて泳いだ。
野生のイルカに囲まれて波を漂い、無人島を探検した。

沈む夕日を飽くこともなく眺め、日が暮れると暗闇の中で満天の星空に流れ星を数えた。
それ以外のことは何もしなかった。

いつの間にか体も心も解き放たれ、小笠原の大いなる自然の中に溶けていた。
歩き始めた子供のように目を止めるものに立ち止まり、耳を澄まし風を追いかけた。

戯れること、遊ぶこと。
こんな当たり前の喜びを、何故今まで無視して通り過ぎて来たのだろう。
普通に呼吸する、普通に歩く、普通に生きる。
ただ、それだけのことだったのに。
太陽の光が、真っ直ぐに私の中に入ってくる。

宿題のない夏休み。

私が私自身に初めてプレゼントした、長い長い休暇だった。

島に降り立ってから1ヶ月。心の向くままに小笠原の光と色の中で笑い歌い、語った。
病気など跡形もなく消えていた。

仕事は全て辞めてしまったが、もし縁があるならばいつか歌える日が戻って来るだろう。
それくらい、気楽に考えられるようになっていた。

秋も深まるころに小笠原に別れを告げた私は、その後日本各地を転々と旅し、その年の暮れに
東京に戻った。

あれから9年が過ぎた。

歌はゆっくりとしたペースで私の元に戻って来た。
そしてひとりの人と出会い、結婚をして子供にも恵まれた。

小笠原は思いのほか遠く、再び訪ねることはまだ出来ないでいる。
だが、あの島の輝きは今も私の中に生きている。
無邪気に笑い、お日様の中を走っていた。
両手をいっぱいに広げて、生きる力そのものの中に存在していた。

それは、神様の祝福を受けて生きている、生きものの自然な姿だった。
私も、充分楽しんで生きていていいんだ。
そう思わせてくれた島だった。

どんなに逃げても悲しみや辛いことはやって来る。
どうすることも出来ない痛みに襲われ迷いは雲のように湧き上がる。

そんな時、私の心は小笠原に飛ぶ。
どんなに辛くても、なんとかなるさ。
世界は全て、あの紺碧の海につながっているのだから。

(2002年・夏記す)


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